来日間もないころから仕事と育児を両立し、日本語の勉強も楽しむジョシさんのお話(横浜市で暮らす外国人トークリレー/第11回)

外国につながる皆さんに、生活の中での日本語との関わりについて話していただくコーナーです。
違う国でことばも分からない中、生活の基盤を築いていくのはとても大変だと思います。今回は、来日間もないころから仕事と育児を両立し、日本語の勉強にも意欲的なマンジュシャさんにお話を伺いました。ことばの壁にぶつかりながらも、前向きな性格とご自身のキャリアを活かし、横浜での生活を楽しんでいます。

ジョシ・マンジュシャさん
インド出身・日本に来て10年
日本のカレーとざるそばが大好き。インドに帰国するときは、お土産にカレーのルーを買っていくほど、日本のカレーの虜になっているそうです!
化学の分野に長年携わり、現在働いている大学では、有機化合化学(半導体や高分子合成)に関わる研究をしています。優しい笑顔と、目標に向かって努力し続ける姿勢がとても印象的でした。
日本に来た理由を教えてください
主人の仕事で日本に来ました。娘が7歳、息子が1歳半の時です。主にニュース等の情報を通して、「日本はテクノロジーが発達した国」というイメージを持っていましたが、実際に来てみてその通りだなと思いました。来日当初の1番のカルチャーショックは、電車内がとても静かだったこと。あんなにたくさんの人が乗っているのに、話し声が全く聞こえないことに驚きました。日本の皆さんは、公共の場では静かなんですね。
どのように日本語を勉強してきましたか?
日本に来てから勉強を始めました。青葉国際交流ラウンジに託児つきの日本語教室があったので、小さい子どもがいる私でも安心して通うことができました。ひらがな・カタカナから始め、テキストを使いながら漢字や文法などを勉強しました。約10年経ちますが、日本語能力試験N2に合格することを目標に、今も続けて通っています。
日本語の勉強を続ける理由は、来日当初に味わった「悔しさ」です。ことばが壁となり、志望する製薬会社で働くことができませんでした。インドの製薬会社で積んだ経験を日本では活かせないと感じ、本当に悔しかったです。それでも諦めず、化学分野の研究員として、都内の大学で働き始めました。はじめの頃は日本語が分からず苦労しましたが、同僚や学生たちが親切に教えてくれました。普段は日本語で会話し、レポートは英語で提出しています。今でも専門用語などでつまずくことがありますが、周りに助けてもらいながら楽しく研究を続けています。みんな優しく教えてくれて、感謝しています。
横浜での子育てはどうですか?
とても子育てしやすく気に入っています。住環境がとても良いですし、インド人もたくさん住んでいます。ただ、下の子の進学はとても悩みました。息子は2歳から6歳まで日本の保育園に通っていたので、日本の小学校に入学するという選択肢もあったのです。でも、宿題や学校とのやり取りの面で私自身が不安を感じ、長女と同じインターナショナルスクールに通わせることを選びました。私の日本語も上達してきた頃、日本の小学校に転校することを決め動き出しましたが、コロナ禍と重なり断念しました。
ちなみに、息子の保育園には英語ができる先生がいたので、連絡などは英語で行うことができました。日本の生活に不慣れな私でも安心して子どもを預け、働くことができ良かったです。横浜に住む外国人は多いですよね。外国人保護者の困りごとに寄り添ってくれる仕組みが、教育現場でもっと充実したら良いなと思います。
将来、日本で挑戦したいことはありますか?
文化交流にはとても興味があるのですが、仕事が忙しいこともあり、地域の日本人とあまり交流できていません。日本には今後も長く住む予定です。だからこそ、地域とのつながりをつくり、広げ、横浜での生活をもっと楽しいものにしていきたいと思っています。そのための第一歩として、子育てが落ち着いたら、英語や化学を地域の子どもたちに教えたいと思っています。
また、もっと日本語を勉強して、いつか日本の製薬会社で働きたいと思っています。来日当初にやりたくてもできなかったことを、自分の手で成し遂げたいです。
(掲載誌:情報冊子「にほんごコミュニケ―ション」2023年3月号)